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2008年07月20日

「九州じゃんがら」誕生秘話

 いつかはご紹介しようと思っていました。

 7月12日付「やすとログ」でご紹介した「九州じゃんがら」赤坂店へ行った時のこと。店内に何気に置いてあるお店案内を手に取りました。コピー用紙で作ったような簡素な体裁です。じゃんがらラーメンの誕生秘話が載っていました。「また行こう」と思わせてくれるとっても良いお話です。

 以下、ほぼ同じ文章が「九州じゃんがら」のホームページ( http://www.kyusyujangara.co.jp/index.html )にも掲載されていたのでそれをご紹介します。

<<私たち『九州じゃんがら』には「進学補習教室ブルカン塾」というもう一つの顔があります。『九州じゃんがら』を語るとき、この『ブルカン塾』の存在を欠かすことはできません。

 今からさかのぼること28年前、子供が大好きで、青春ドラマが大好きで始めたのが『ブルカン塾』です。大好きで始めたので、子供と共に過ごす毎日はたいへん充実していました。

 そうした中、開塾して1年ほどたった頃、私たちはある出来事を経験したのです。

 当時、いつも最前列に座って真剣に授業を受ける、中学2年生の女子生徒がいました。

 その夏、私たちはファイト満々で初めての夏期合宿の企画を立てたのです。屋外授業やアスレチック、私たちならではの自信満々の合宿でした。ところが、中学2年生のその女子生徒は不参加と提出してきたのです。 事情を聞くと「母親と共に田舎に行くから」との返事でした。とても残念でした。彼女のような子こそ、参加してほしかったからです。

 2、3日後、進路指導のことで、その女子生徒のお母さんと電話で話す機会がありました。私共が「○○さん、合宿に参加できないんですね。とても残念です」と言うと、いきなりそのお母さんは涙声になって、「田舎に行く予定などありません。私たちは母一人子一人。パートに行って収入の少ない家計のことを心配して、合宿のことは自分で勝手に判断して私に言わなかったんでしょう」とおっしゃったのです。

 「ブルカン大好き。先生大好き!そんな子が合宿に行きたいのは山々なのに・・・」私たちも涙しました。「お母さん!本人が合宿に参加したければ参加させて下さい。参加費用はいつでもいいですよ!」

 そして、彼女は笑顔で元気に合宿に参加したのでした。

 その後、当時の日本の経済状況を反映し、経済的に恵まれない子供たちが他にも目立ち始めました。しかし、子供たちを相手に割り切って収入を得られないタイプの私たちは、ただ保護者の都合で授業料を払えないという理由だけで通塾を断ることはできませんでした。

 それからしばらくの間、私たちは朝から晩まで子供たちと過ごしました。

 気がつけば私たちは、収入源もおぼつかない状況に直面していたのです。それでもやはり、子供たちを目の前にして、『ブルカン塾』を途中でやめる気にはなれませんでした。 むしろ私たちは決心したのです。「自分たちのわがまま、勝手で不幸をしょいこんだわけではないのに、苦労して懸命に生きている人たちが大勢いる。『ブルカン塾』はこれからそんな親子たちの一番の味方になる!」と。

 「この先、たいへんな苦労はあるだろう。でも自分たちの生活基盤をきちんと整えながら、『ブルカン塾』の仕事を思う存分やっていこう!」

 「俺たちの旅」の方向性がはっきりと決まりました。

 私たちは、『ブルカン塾』をきちんと運営しながら、自分たちの力でスタートできる仕事を真剣に考えました。

 「自分たちに何ができるのか?」「どんな仕事が適しているのか?」時間を忘れて考え続けました。

 そうして、ついに「ラーメン」にたどり着いたのです。・・>>

 続きは、上記ホームページ中「九州じゃんがらの思い」( http://www.kyusyujangara.co.jp/kj_051.htm )でお読みくださいね。


Posted by 吉田 康人 at 23:36│Comments(0)
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