2010年01月11日
如水会大阪支部新年賀詞交歓会( 2)

<<申酉事件(しんゆう じけん)とは、文部省が東京高等商業学校(一橋大学の前身)の専攻科を廃止して東京帝国大学へ統合する省令を発令したことに対する東京高等商業学校側の反対運動を総じて指し示す際に使われる言葉である。申年の1908年から酉年の1909年にかけての事件なので、これを「申酉事件」という。
1900年頃、東京高等商業学校は、渋沢栄一を中心に帝国大学とは別に商科大学という制度を設け、東京高等商業学校の専攻科を商科大学へ昇格させるように陳情活動を実施していた。これに対して、当時の文部省は「大学は帝国大学のみでよい」という考えをもっており、1907年に商科大学という制度を設けることにしたものの帝国大学に設置する考えを改めなかった。1909年5月6日には東京高等商業学校専攻科を東京帝国大学法科大学の商科として東京帝国大学へ移管、同専攻科を廃止する省令を発令した。
この文部省令に対して、東京高等商業学校に在学していた約1500人の全生徒および同窓会が猛反発、臨時学生大会において総退学を決議し、抗議の姿勢を表した。
東京高等商業学校側の姿勢に対しては当時の財界人の支持があり、新聞各紙の論調も東京高等商業学校に同情的であった。この結果、文部省側が折れることとなり、1912年には東京高等商業学校専攻科を存続させる文部省令が発令され、東京高等商業学校はそのまま残存することとなった。
この事件は東京高等商業学校のみならず多くの官立大学、そして私立学校が大学への昇格を求めるきっかけとなった。さらにその後大学令が制定され、旧制専門学校が旧制大学へ昇格する端緒となった。>>
吉田康人の「官製教育ぎらい」も母校の伝統を受けついだものかもしれません(笑)。
Posted by 吉田 康人 at
19:57
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